AR/VR の描く未来

IDCの予測によれば、世界のAR/VR関連市場規模は、2022年に2,087億ドル(年間平均成長率は71.6%)に達すると見ており、カテゴリー別でも、今のところは一般消費者向けのゲーム機器が市場で注目されがちだが、2022年にはB2Bでの用途の方が上回るとも言われている。確かに最近はAR/VR関連のスタートアップを見ていても、特に海外においてはB2Bでの用途のものが非常に多く目立ち、製造、小売、教育、医療等、様々な産業でAR/VRの技術が活用されつつある。B2Bのユースケースでは、昨今のアプリケーションの広がりのみならず、例えば医療や設備保守等、日々の業務がより正確かつ簡単にこなせるのであれば、何よりHMD(Head Mounted Display)を装着することに対する抵抗感という大きなハードルを下げることができる。また、AR/VRに分けて考えると、より現実世界をベースに仮想の視覚情報を重ねるAR分野の方が、よりB2Bの現場で活用しやすいとも言える。

それに比べ、VRは仮想世界を現実のように感じさせる技術であることから、ベースは仮想世界にあるとも言える。利用目的にもよるが、仮想世界をベースにする上で重要な人間の視覚をハイジャックするための技術という点では、残念ながら、まだ十分とは言えないのが現状だ。

そのような中、最近TechCrunchを眺めていて懐かしい名前を見かけた。あのPhilip Rosedale氏が、”How the new VR screen could end the smartphone”というタイトルで記事を書いていた。Philip Rosedale氏と言えば、10年以上前にSecond Lifeというサービスを世に出したLinden Labの創業者であるが、一時期のブームが去った後、別途新しい会社を立ち上げたりしていたものの、しばらく彼の名前をメディアで見かける事は殆どなかった。この彼の記事によると、2010年に世に出たRetina (網膜)ディスプレイで既に目の前の映像が現実か仮想のものか判別できない画質のディスプレイは実現されており、あとは大手企業が現在開発に着手している、目の前の視界を完全に覆うことができるバーチャルディスプレイの実現がAR/VRのキラーアプリだと言うのだ。個人的には、世の中の誰もが利用できるレベルになるには、まだ時間が掛かると思うが、仮に人間の五感のうち視覚と聴覚をストレスなく完全にハイジャックできる技術が実現するのであれば、既存の産業にとって非常に大きなインパクトをもたらすのは確かだ。

もしそうなれば、先ず人間は移動すること自体に疑問を持つ事になるかもしれない。例えば、今の世の中では毎日会社に出勤するのが一般的ではあるが、そもそもあらゆるものがデジタル化されてきている現代において、もしコミュニケーションが現実世界のように取れるのであれば、物理的に毎日会社まで足を運ぶ理由など殆どないはずだ。また、会社にとってもコスト削減や環境貢献にもなるので、意外と短い時間で多くの企業が導入を推進しても不思議はない。実験的ではあるが既にHMDを装着して社内会議を行う試みを始めている企業もあり、その結果から、会議中に内職できないため会議時間が短縮される効果や、より自由な発言が促進されるなど、コスト以外の効果もあるそうだ。実際にオフィスまで人が移動する理由がなくなると言うことは、ビルをはじめとする不動産や建築業界にも大きな変化をもたらすと共に、人を運ぶ交通機関も徐々に物流にシフトする事になるであろう。そして気がついた時には、会社で一緒に働いている同僚や上司も実は人間ではないかもしれない。昔、映画で見た人間とアンドロイドが共生する社会も、仮想世界では人工知能さえあれば容易に実現できてしまうからだ。

そして更には社会そのものを大きく変える可能性も秘めている。当時アメリカでSecond Lifeが注目され始めた時、私はサンフランシスコでPhilip Rosedale氏と会い、彼が目指す世界観を聞いてとても感銘を受けた。彼曰く、仮想空間やアバターは単なる入り口。実現したいのは、もう一つの地球だと言っていた言葉に強く共感した記憶がある。確かに彼が創造した世界には、通貨や不動産が存在し、ユーザーが仮想空間においてモノを創造して、それを購入するという需要と供給の元に経済が成り立ち、当時実際に各国の税務当局までが、この仮想世界の経済に対して注意喚起する動きまで起きた。それを本当に感じて経済活動に参加していたユーザーは限られていたのかもしれないが、確かに10年以上前に既にもう一つの社会と経済圏が誕生しかけていたのは事実である。

スタートアップの成功と失敗の歴史を振り返れば、過去に成功しなかったビジネスモデルでも、昨今の新たなテクノロジーが当時の問題を解決して蘇るケースは多々ある。彼は、またいつの日か自分が過去に描いた未来を再度実現する時がくるのを心待ちにしているのかもしれない。

Author

Jun Tosabayashi

Feb 25, 2019